2016年9月26日月曜日

不安に憑りつかれる


 1.不安に憑りつかれると・・・

不安に憑(と)りつかれるという言葉があります。
まるで「不安」という「エネルギー」もしくは「想念」が、頭に憑りついたようになり、「不安」に支配される状態を、よく表現している言葉だと思います。

不安に憑りつかれると、見るもの聞くもの、起こる出来事が、自分を害するものに感じられてきます。
普通の状態なら何でもない出来事でも、不安に憑りつかれた心で見ると、不吉で嫌な予感を引き起こすものとなってしまいます。

あるご婦人にとっては、自分が清掃している職場や自宅の前の道に、つばや痰が落ちているだけで、しつこく付きまとう男性Aが、また自分を探し当てて割差をしてきた証拠になると言います。男性A20年前にある職場で一緒だった元上司なのですが、どういうわけか転職しても、結婚して引っ越ししても、ご婦人の居場所を見つけ出しては、唾や痰を吐いて嫌がらせを繰り返すのだといいます。第三者から見ると、それは被害妄想にすぎないと思えるのですが、ご婦人にはそんな説明はまったく通じません。
不安に憑りつかれている人は、被害妄想をつくり出すのです。

これとよく似た状態が、われわれの日常でも起こりえます。
不安に憑りつかれると、なんでもないことが、目に見えない陰謀やマイナスのエネルギーが自分を狙っている証拠に感じられてきます。湧き起った妄想によって、さらに不安が膨れ上がります。心は常に不安にさいなまれ、ざわざわして安らぎがなくなります。

あるカルトにいた人は、悪霊や悪魔が自分に悪さを仕掛けてくるので、怖くて仕方がないと言います。いろんな出来事の奥には悪魔の働きがあり、それが自分を陥れようとしていると思えるのです。

往々にしてこういう時に、さらに不安をかきたてる夢を見るものです。
自分が人に知られたくないことが暴かれたり、絶対に失いたくないものを喪失してしまう夢をみて、冷や汗をかいたり、動悸で目覚めるということもあります。

2.心の奥を見つめる

不安の奥にあるものを見つめてみると、自己保存欲が見えてきます。自己保存欲の中味は名誉であったり生命の安全であったり、お金であったりしますが、自分の存在が何かにおびやかされているのです。じっと見ていると、それを予想して怯(おび)えている自分が見えてきます。

この時、「ああ、自分は怖がっているんだ」とまず認めることが大切です。とても臆病な自分がいて、何か大切なものを失うことを怖がっている。そういう状態にあることを、まず受け入れます。

次に、もしそれが失われたらどうなるかを考えてみます。意外にそれでも生きてゆけるものです。
あるいは、そういうことが起きる確率は何割ぐらいかるかと考えます。すると意外に少ない確率の予測に怯えているにすぎないとわかります。

改めて自分を振り返ります。
すると、何かをきっかけに「不安」に憑りつかれてしまい、その憑りつかれた心が不安をさらに拡大し増大させて、悪循環を起こしていることが見えてきます。
実際には不安が現実化する可能性は限られた確率でしかなく、たとえそれが現実に起きたとしても、「だからどうなのさ」、と言ってやり過ごせたり、それでも生きてゆくことができることに気が付きます。

こうして自分の姿をありのままに見つめて、深い呼吸を重ね、冷静さを取り戻すと、不安は消えてゆきます。憑き物が落ちたような感じです。
「あの不安は何だったのだろう」
そう感じたときは、憑りついていた不安が消えたときだといってよいでしょう。

種村トランスパーソナル研究所
心理カウンセラー・種村修
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