2015年2月22日日曜日

境界性パーソナリティ障害14…枠組みがないと不安定に




心理特性と対応法①・・・冷静で父性的な対応が必要


境界性パーソナリティ障害の人には、一つの認知(認識)の特徴があります

それは、「しっかりと構造化された状況においては、何の問題もなく対処することができるのに、構造があいまいな状況では、戸惑いや混乱を引き起こしやすい」というものです。


構造(化)というのは、言い換えると秩序行動等の枠組みです。そして構造がしっかりしているというのは、カウンセリングであれば、時間や費用や手段や場所についてはっきりと取り決めをしておくということです。生活であれば、規則や目的がきちんと決められている状態です。人と話す時も、何でも自由に話してよいと言われるのは困るが、何を話すか決められていたりすると、安心するのです。これが構造がしっかりしている状態です。

そうした行動の枠組みがカチッとしていると、日常生活やコミュニケーションは問題なくスムーズにいきます。


しかし、細かい規則や決められた日課がなく、要求するままに応じてもらえるような環境に置かれると、情緒が不安定になるのです。つまり「これはしてもよい」が「これはダメ」という、規則がなくて、要求するままに応じてもらえるような状況は、一見優しく見えますが、どんどん要求がエスカレートしていきます。どんどん要求が膨らんでいって、コントロールができなくなり、不満や苛立ちがつのって、行動や感情にブレーキが効かなくなるのです。


たとえば、家庭であれば、子どもに対して、していいことと悪いこと、生活のルールをきちんと決めておいて、しっかりとそれを守らせる厳しさが必要になります。それを両親のどちらかが受容的になりすぎてあいまいにすると、かえって不安定化して、その子供は行動や感情の抑制ができなくなりがちです。冷静な厳しさがあることが、境界性パーソナリティ障害を持つ子供の心を安定させます。


「可哀想だ」という同情で接しすぎると、情に溺れて相手の要求や感情に飲み込まれていってしまいます。ここで相手の感情の渦に飲み込まれないようにするには、冷静さを持ち続けることが重要です。

カウンセリングを学ぶと、共感や受容に意識が向かいがちですが、境界性パーソナリティ障害の人には、それがいきすぎると、かえって相手を不安定にさせることがあるのです。


普通であれば愛情や保護をどんどん与える母性的な対応は、情緒障害を持った子どもに対して有効な場合が多いのですが、このケースだけはそうとは限りません。むしろ、「ダメなことはダメ」とはっきりと言いきかせ、しっかりとした行動の制限を設けて、それを守らせる必要があるのです

これは父性的な対応です。父親がそれを理解して、母親と心をひとつにして対応することが大切になります。



聞くときの注意


これは境界性パーソナリティ障を持つ人を支える友人や支援者にとっても重要な教訓です。


話をする時も、質問されたことにだけ答えるというやりとり(注:これを構造化された質問と言います)をしている間はそれほど問題がありません。

しかし、思いつくことを何でも話していると、次第に話がとりとめがなくなり、極端な方向に話が進みやすくなります。現実離れしてきたり、過去のつらい経験を話し過ぎたりして、話しているうちに、動揺して情緒が不安的になることがあるのです。


こういう時は、あまり話し過ぎないように常識的なラインで話を止めたり、聞きたいことをはっきりして、ある程度限定的に質問するようにしたほうがいいのです。


受容や共感も最小限に努め、黙ってうなずきながら聞いているのがよいのです。

そこで、聞き手が過敏に、感情豊かに反応しすぎることは、境界性パーソナリティ障害の感情的な起伏を増幅することになり、かえって不安定にさせる恐れがあるからです。


境界性パーソナリティ障害は何よりも感情のコントロールができにくい障害ですので、これには気をつける必要があります。


話をきくときにも、なるべく現実に話を戻すことも大切です。過去の話をしても、それが現在や未来にしっかりとつながっていることを意識できるように、支援者が一貫した視点をもって接する必要があります。それが本人が一貫性や現実感覚を取り戻す助けになるからです。


なお、境界性パーソナリティ障害の人を支援する場合は、決して動揺して相手の感情に飲み込まれてはいけません。

冷静に、少々のことにはびくともしない不動心をもって接し、ダメなものはダメと、ここぞというところでは決してひかない一線をキープすることで、本人の動揺は収まっていきます。支援する人の不動の心が、相手に伝わって落ち着かせていくのです。明確に枠組みを決めてそれをふらつかせないことと、大事なことは一歩も引かない姿勢が、本人の安定につながるのです。


境界性パーソナリティ障害15に続く。

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2015年2月18日水曜日

境界性パーソナリティ障害13…その他の特徴②




アメリカの「DMS-Ⅳ」の診断基準には書かれていない境界性パーソナリティ障害の重要な特徴について、前回に引き続いて紹介します。



③コントロールの問題



境界性パーソナリティ障害の人は、「自分をコントロールできない」と感じているので、「他人をコントロールしている」と感じる必要があるように見えます。

彼らは無意識のうちに他の人を、勝ち目のない状況に追いやったり、理解しがたい混沌を作り上げたり、「他人が自分をコントロールしようとしている」といったりして、それによって他人をコントロールすることがあります。


これとは逆に、境界性パーソナリティ障害の人の中には、自分自身の力を放棄することで「自分をコントロールできない」という感情に対処しようとすることもあります。

例えば、すすんで暴力で虐待する夫の言いなりになることを選択して、自分で判断したり善悪を考えることをやめたり、カルトに入って決められたがんじがらめの生活に身を置いたりするのです。


すべてをコントロールしなければならない」と境界性パーソナリティ障害の人が強迫的に思うのは、傷つくのを恐れているからです。

もっとも恐れているのは、「自分がさらけ出されること」です。自分がさらけ出されると、「自分が欠点だらけの人間だということに、皆が気がついてしまう」。その恥辱に耐えられないという気持ちがあるのです。


そこで、こういう感覚に支配されている境界性パーソナリティ障害の人にとってコントロールは、「誰からも恥ずかしい思いをさせられることがないようにするための方法」となるのです。こうして、他人の思考、感情、行動をコントロールしようとします。


しかし、このコントロールは、人間関係の親密さを破壊してしまいます。だれもが自分の意志や自由を尊重されたいと願っているからです。彼らは勘違いしているのです。誰かをコントロールすることによってではなく、自由意思によってお互いに尽くしあうことでのみ、本当の親密さは生まれるのです。



境界性パーソナリティ障害の人の家族や恋人は、彼らにコントロールされ支配されているという被害者意識を持つことが少なくありません。つまり「脅し」や「だんまり」や「激怒」など、とても公平とは思えないような方法で自分がコントロールされ、彼らに利用されていると感じるのです。


ところがほとんどの場合、これは先ほどの結論と矛盾しますが、界性パーソナリティ障害の人は操作しようとして意図的に行動しているわけではありません。

むしろそれらは、つらい感情に対処し、自らのニーズを満たすための必死の試みである場合がほとんどなのです。主観的意図的には、決して愛する人を傷つけたり支配したりしようとしているのではないのです。

たいていの場合、怖れや孤独、絶望や無力感から逃れようとして、衝動的に行動しているにすぎないのです

それが理解できると、境界性パーソナリティ障害の家族や恋人は、彼らを許すことや受け入れることができるようになり、ずいぶん気持ちが楽になると思います。


もっとも、実は内心で操作していたことに気がついたという人もいます。

ある女性は、大切な記念日に夫が自分を無視したと感じて、ひどく腹を立て、夫の前で夫が自分にくれたプレゼントを全部壊し始めたことがありました。彼女が一番気に入っていたプレゼント『愛の詩集』を破こうとしたときに、夫が止めてくれてほっとしたといいます。実は彼女は、プレゼントを壊したかったのではなく、夫が止めてくれるかどうかに関心があったことに、その時初めて気がついたのです。彼女は、夫を操作した自分を恥じましたが、それは無意識的なものでした。


本当は、境界性パーソナリティ障害の人の行動は、家族や恋人に対するものより、自分自身に対するものが多いのです。

たとえば境界性パーソナリティ障害の人の自傷行為は、家族の関心を引きつけ操作するというより、自分自身への罰としてみるとよくわかることがあります。プレゼントを引き裂いた女性も、夫が自分に関心があるかどうかを確認するために、まるで自分を罰しているような行為をしています。

本当は自己存在への深い否定の感情があり、それが罰と見える行動をさせているのです。

相手の気づかいを確認するにしても、自己否定感情がなければ、彼女はもっと別の方法をとったのではないでしょうか。



④対象恒常性の欠如



対象恒常性というのは、私たちが一人ぼっちであっても、自分を変わらずに気にかけて愛してくれる母親や父親や恋人などがいることを信じて、そのつながりを信じて孤独を乗り越えていく力のことです。自分を気にかけて愛してくれる存在を信じることができる能力であり、これがあると孤独で困難なときに、実際にその場に居なくても、その気遣いや愛を感じとったり信じることができます。


それは通常、お母さんがいつもそばにいてくれて、励ましてくれるイメージを心に中に持つことができる3歳ごろまでに獲得する能力です。


ところが、境界性パーソナリティ障害の人は、対象恒常性を持つことができません。つまり自分を気にかけ、愛し励ましてくれる人が実際に自分の目の前にいないとそのを感じ取り、信じることができないのです。

そうなると次のような衝動にかられます。


境界性パーソナリティ障害の人は、その人がその場に居て、自分のことを気にかけてくれていることを確認するためだけに頻繁に電話をかけてきます。ストーカー的な衝動は、実はお母さんがいなくなることを恐れてトイレまで付きまとう2歳児のしがみつき行動に近いものかもしれません。


あるいは、その人との絆を確認するために、写真を肌身離さず持ち歩いたり机に置いたり、もらったプレゼントをいつも身につけます。まるで子供がお母さんお代わりに毛布や人形を抱きかかえているように。


後者の方法は、境界性パーソナリティ障害が安心感を得られるようにするとてもよい方法です。対象恒常性が十分に確立していない子供にとって、母親の代わりになる毛布やぬいぐるみは、移行対象と言われます。移行対象があると、母親が目の前にいなくても安心できるのです。大人でも、大切な人との絆を確認するために、写真やプレゼント、手紙などを大切に持っている人は少なくありません。とても役に立つ方法です。

しかし、そこから一歩進んで真に信頼できる関係へと進むことが課題です。境界性パーソナリティ障害の人には、安定的に見守ってくれる人が伴侶となる場合がよくあります。その最も身近な人との関係を見直すことで、その課題は乗り越えてゆけるのではないでしょうか。


 境界性パーソナリティ障害14に続く。
http://tanemura2013.blogspot.jp/2015/02/13_22.html

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2015年2月16日月曜日

境界性パーソナリティ障害12…その他の特徴①




 アメリカのDMS-Ⅳ」の診断基準には書かれていませんが、境界性パーソナリティ障害にはそれ以外にもいくつかの重要な特徴が見られることがあります。次にそのいくつかを紹介します。



①「有害な恥」の感覚



有害な恥というのは、自分は人間として欠点だらけである」という感覚です。これは自分の存在そのものに対するネガティブな感覚です。

この有害な恥の感覚は、本人に無価値感、孤独感、空虚感、完全な孤独感をもたらします。


この有害な恥を感じて羞恥心を強く持つ人は、自分の内面をさらけ出すことができません。人に対してはもちろんですが、自分自身に対しても自分をさらけ出そうとしないのです。正確には、「できない」と言ったほうがいいでしょう。それに向き合いことが、あまりにも苦痛だからです。そのために、吐き出して軽くなることや対決することができず、問題がいつまでも残ります。


この有害な恥の感覚は、境界性パーソナリティ障害の人の、怒りや粗(あら)さがしや非難、その逆に「過度に人を喜ばそうとする行動」、自傷行為、摂食障害などの根底にあるものです。自己否定感と一口に言っても、この場合は、自分の存在そのものを恥じているので、深刻です。


つまりカウンセリングで吐き出そうとしても、吐き出すことに有害な恥の感情が伴うので、カウンセリングが中断しがちです。

あらゆる過ちも、いかなる欠陥も、その人の存在を無価値にすることはありえないという絶対的な確信を、カウンセラーや近くにいる人が意識的に持っていることが好ましいといえます。そして、その人の価値を認めるような言葉を常にかけてあげることが必要です。

有害な恥の感覚を乗り越えて、カウンセラーにこれを話しても自分をダメ人間だとは思われないという信頼ができた時、癒しが始まります。



②境界がはっきりしない



境界性パーソナリティ障害の人は、自分と他者との間の境界がはっきりしません。

境界が明確でないと、周りの意見や感情に完全に巻き込まれてしまうか、それとも完全な孤立か、そのどちらかしかありません。親の意見がまるで自分の意見であるかのように思いこみコントロールされていたり、自分が感じることを人も感じるのが当然であると見なして人に同じ感覚をもつことを要求するのは、境界がはっきりしないことから来る弊害です。


本来なら人と人との境界は、各自が独立した人格として尊重し合うために不可欠のものです。


ところが「完全に密接な関係に境界はない」というものだと思いこんで育った人には、境界は「人と人の間の裂け目」を意味してしまいます。境界があるということが、孤独で孤立することを意味してしまうのです。自己同一性(アイデンティティ)を持つことが孤立を意味するのであれば、その人は怖くて自己同一性を持てなくなるでしょう。


しかし、本当は、自己同一性を確立してこそ、お互い独立した人格として尊重したうえでの親密な関係が結べます。境界があいまいであるということは、自己同一性の確立ができない、要するに自己確立できず、真の意味で責任を伴った親密な関係が築けないことになります。その意味で精神的な未成熟さを伴うのです。


境界がはっきりするということは、相手が自分とは違う独立した個性を持った人格であることを認めることです。親子の間でも、そうした距離感は必要です。それがないと、母親に心理的に飲み込まれて、いつまでも精神的に自立できない子供になってしまいます。


境界性パーソナリティ障害13に続く。

http://tanemura2013.blogspot.jp/2015/02/13.html

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2015年2月14日土曜日

(投稿)父を想う・・・世代間伝達に気がつく

(紹介)
カウンセラーの「大」さんは、あるとき自分と息子との何となくぎくしゃくした関係が、自分と父親との関係に酷似していることに気づきました。さらに父親と祖父との関係も、矢張り似たものであった可能性が高いと気が付きました。これは「世代間伝達」と言われていることです。これは親がやっていた子どもとの関係を、無意識的に子供の代でも繰り返してしまうことをいいます。それに気がついて、親を一人の人間として公平に観察してみることができると、世代間伝達は克服できます。「大」さんの気づきと反省が、読者の家族の関係改善に役立つことを願いつつ、投稿をご紹介します。

(投稿)

1.オレオレ詐欺の電話

私が社会人になって、実家を出てから、今の実家には両親が2人で住んでいます。
老夫婦2人だけなので、よく「オレオレ詐欺」がかかってくるらしく、かかってくると、私の家に「今、お前から電話がかかってきたよ。今病院にいて、お金がないから都合つけてくれ、と言ってたよ。」と、まるで電話がかかってくるのが楽しみなように、私に電話をかけてきます。

そんな両親なのですが、父親とは、何となく気持ちが通じ合うことができず、前々から他人のような感覚がありました。家に帰っても、家に居るのが父親だけだと、必要な用だけ足してすぐに帰ってしまうので、それを父親は不満に感じていたようです。

以前に、そのことで電話越しに文句を言われたのですが、一緒にいると何か窮屈な感じがして、なんとなく話すこともイヤでした。一緒に居たくないという思いが、なぜか心の中から湧いてきてしまう自分に、何でこれほど父親から距離を置きたがるのだろうと感じていました。
私の父親は、いわゆる「仕事の虫」でした。自分の父の経営する会社の工場長をしていたということもあって、子供の面倒や家事は一切タッチせずに、自分の仕事に没頭していました。ですから、父と遊んだという思い出は、私にはほとんどありません。東京まで夜の配達をすることが多かったので、時々トラックに同乗して夜の夜景を楽しんだという思い出ぐらいでしょうか。

私の母も、そんな父と、姑との問題で、だいぶストレスを抱えており、それをよく私にぶつけていたので、そのことが私の父に対する印象を悪くした原因にもなっていたのかもしれません。

2.一枚のメモ
私が大学に通っていた頃のことですが、ある時、リビングの片隅に、小さく折ったメモ用紙を見つけました。何だろうと見てみると、父か書いたものでした。そこには、私のことが書かれていました。

「自分も年を重ねてきたが、○○(私の名前)も、よくここまで成長してくれた。私としては大変うれしいことだ。自分は子供の教育にはあまり手をかけることができなかったが、立派に成長した彼の姿を見ることができて、私は大変うれしい。私は彼のこれからの成長を心から願っている。」

この内容を見て、一瞬私は引きました。父は自分の子供のことなど、大して重要視していないと思っていたからです。

私が小学生のころ、こんなエピソードがありました。

父が仕事に行く前、父と母が口げんかをしていました。何が原因で喧嘩していたのかわかりませんでしたが、父が庭の植木を蹴飛ばしながら「こんな子供たちがいるから、俺はこんな人生しか生きられないんだ!!」と叫んで仕事場に向かっていきました。
母が「なんでそんなことを言うのよ!!」と父に向って叫んでいたのを、今でも忘れることができません。

その時は何となく聞いていましたが、自分は父にとって邪魔な存在なんだ、ということを、小さいながら心の中に刻んでいたのかもしれません。

そういう父ですから、このメモに書かれた内容は、正直言って受け入るには、かなりの心理的抵抗がありました。
3.父と初孫

それから私も結婚し、子供ができました。私は長男で、生まれた子供が父にとっての初孫でした。父は孫ができたのが大変うれしかったらしく、孫に接する時の普段とはまるで人が変わったような姿に、周りの人はとても驚いたほどでした。

そんな父を見て、ふと思うことがありました。

それは、私の祖母が亡くなった時のことでした。祖母の看病はずっと母がやっていましたが、父は全くノータッチでした。祖母が亡くなった後、父はなぜか自慢げに、「俺は母が寝込んでから、一回も母の部屋に行かなかったんだ。」と言っていたのが印象的でした。そういえば、亡き祖父が寝込んだときも同じようだったことを思い出しました。父は自分の両親をずっと嫌っていたのだと思いました。

もともと私の実家は事業を営んでおり、父が若いころから工場長となって朝から晩まで仕事に没頭していました。父は、早稲田大学を中退してから、祖父の後を継ぐために工場長として工場に入ったと聞いています。本人にとっては、自分のやりたい仕事は他にあったのでしょうが、父は長男ということもあり、家業を受け継ぐ道しか選択できなかったのかもしれません。そういうこともあって、父は両親を相当恨んでいたのかもしれません。

結婚して、子供を授かってからも、仕事が忙しくて、とても子育てに参加するどころではなかったのでしょう。私が父と遊んだ記憶がほとんどないことから、常に仕事を優先しなければならず、家族サービスといえば、配達の時に一緒に子供を乗せて東京までドライブに行くぐらいだったのでしょう。

そうしたときに、父が書いたメモのことが頭をよぎりました。
そして、父が孫と遊んでいる姿を見ながら、母が言った言葉を思い出しました。

「お父さんは、仕事に忙しくて、お前とあまり遊んであげられなかったからね・・・。」

・・・父は、自分が今までに十分に子供と接することができなかった。その代償を、孫を通して行っているのだ。

そう感じました。本当は、子供が小さいころに、もっと深く接したかったが、それが出来なかった。孫と接するのと同じぐらいに、自分の子と接したかったんだ。

そういう父の気持ちを知らずにいたことが、とても申し訳なく感じるとともに、深い感謝の思いが出てきて、涙が止まりませんでした。

4.父親と私の関係

その孫(私の長男)も、今では受験生となりました。昔のかわいさは微塵もなくなってしまい、昔を懐かしむ機会が年を追うごとに多くなりました。

そのような長男に対してですが、どこか私の心の中に、彼との距離があり、どう接していいかわからない気持ちがあることに気づきました。何となく彼と一緒に居ることに違和感を感じることがあり、その原因をつかめずにいました。

自分と子供との関係は、自分と親との関係と影響しているという話を聞き、振り返ってみると、自分の父親との感じ方と全く同じであることに気づきました。

自分が父親に感じていた感情を、そのまま自分の子供に引き継いでいたのです。

それは、私の父が、私の祖父に対して感じていたものでもあったのでしょう。私の父が子供のころに、自分の父に対して持った「負」の感情を、そのまま自分の子供である私に引き継がせてしまったということでしょう。

私が長男に対して感じているように、私の父も、私に対して、どのように接していいかわからないという感情があって、無意識のうちに距離を置いてしまったということがいえると思います。

こうしたものは、良いものにせよ、悪いものにせよ、代々引き継いでいくものだということが、自分の経験を通して知ることができました。

良いものなら引き継いでいかなければいけませんが、悪いものなら、その「因縁」(世代間伝達)を断ち切らなければなりません。私と長男との間にある問題は、自分と親との関係に原因があるのですから、さらに親と祖父との間にある問題を引き継いでいるのですから、その因果関係(世代間伝達のプロセス)がわかって初めて、父の気持ち・苦しみを理解できるのだと思います。そして、そうして私と長男との関係も解決できるのだと思います。

こうした問題は、だれにでもあることです。自分の中にある問題は、糸が複雑に絡まっているかのごとく、修復不能に見えるかもしれませんが、絡まっている糸を忍耐強く丁寧にほぐしていくことで、必ず糸がスルスルと解れ始めるかのごとく、解決の道が見えてくると思います。

私と父との関係、さらに長男との関係の原因に気づくのに、20年近くの歳月を要しましたが、その間、着実に心の成長は続いていたのは間違いないと思います。(大)

2015年2月9日月曜日

境界性パーソナリティ障害11…その特徴(9)一時的な解離症状




一時的に記憶が飛ぶ、自分が自分でなくなる
 

境界性パーソナリティ障害の特徴の一つに、強いストレスがかかった時に、精神の統合機能が一時的に破綻して、自分の記憶が飛んでしまったり、自分が自分でない状態になることがあります。
これを心理学では「解離」と呼びます。

解離とは「意識や記憶の自己同一性の連続性が一時的に破れることです。


解離症状には次のような種類があります。


まず、ある部分の記憶が完全に抜け落ちるのを「解離性健忘」といいます。例えば母親が失踪した小学生の時期の記憶が完全にないという人がいますが、これは解離性健忘です。
さらに気がついたらどこか遠くに来てしまい、知らない場所にいるというのは「解離性遁走」といいます。
また人格が別人に入れ替わってしまうのを「解離性自己同一性障害」と言います。


もう少しよく経験する解離では、記憶が抜け落ちるわけではないが意識や自己同一性に変容が起き違和感を感じる状態や、意識が狭まったような状態で自傷行為をしたり昔の光景がありありと蘇るフラッシュバックが起こって恐怖感や嫌悪感から興奮状態になったりすることがあります。虐待で心的外傷を受けた人には、フラッシュバックがしばしば見られます。
 

実際に「乖離」を経験した人は、その体験を次のように述べています。


「ときどき、自分をいろいろな動きをするロボットのように感じるの。何も現実とは思えないの。目が曇っていて、私のまわりで映画が上映されているみたいな感じ。」

「我に返ると、周りの人が私が言ったこととかしたことを教えてくれます。私は覚えていないのですが…。」

「今の彼氏に大きな声で叱られ怒鳴られると、前夫に受けた暴力のシーンの数々が、まざまざと思いだされてその光景が目の前に見えます。怖くて怖くて仕方がありません。」


解離の状態にある人は「映画を見ているようだ」「夢の中の出来事のようだ」意識だけが、身体から抜け出しているようだ」「ぼんやりしていて、あまり良く覚えていない」「気がついたら~していた」という表現で話すことが多いようです。

②離人


解離ではないのですが、よく似た状態のものに「離人」があります。離人とは現実感がなくなる状態です。記憶はあるし意識もしっかりしており自己同一性も保たれているのですが、「世界がよそよそしい作り物のように感じる」「現実感のない芝居の中にいるようだ」という感覚を持ちます。これも境界性パーソナリティ障害ではよく報告されています。

③心的外傷体験


さて、境界性パーソナリティ障害の人は、強いストレスを受けたときに解離を起こしやすいのですが、虐待等で心的外傷を経験した人には特にその傾向が顕著です。

心的外傷を持つ人は、長期記憶を司る海馬という脳の一部が委縮しており、それも解離が発生しやすい要因ではないかと考えられています。

私は、あまりにも凄惨な傷つく体験をしたために、それを記憶することに耐えられなくて、記憶を司る海馬の萎縮をもたらしてまで記憶を拒絶してきたのではないかと思います。

④妄想


もう一つ、「妄想様観念」も境界性パーソナリティ障害の特徴です。

よくあるのは、境界性パーソナリティ障害の人が周囲から孤立したり、責められたりすると、被害妄想的な考えにとらわれたり、自分の悪口を言われているような幻聴が聞こえてきたりする状態です。幻覚・幻聴や妄想様観念があるので、統合失調症と間違って診断されることもあります。


DNS-Ⅳ」には境界性パーソナリティ障害の特徴として、「一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状」と書かれています。これは統合失調症とは区別して考える必要があります。

⑤解離の肯定的側面

解離が起きるほどのつらい経験は、その人の心に深い傷を残すのですが、これはプラスの面も持っています。彼らは潜在意識と同通する通路を、この時に掘り進んでいるからです。潜在意識は深層潜在意識と言って過去世の意識にまで通じる部分があります。境界性パーソナリティ障害の人はこうした潜在意識への通路を、自然に身につけています。

心の中に混乱や怒りがくすぶっている間は、この通路を通じて怖いものや危険なものが行き来するのですが、心の浄化を勧めていくと、インスピレーションや過去世の記憶などに通じて行きます。叡智とのコンタクトが可能になるのです。これは苦しんだ経験によってもたらされたギフト(贈り物)であると思います。それを正しく生かすと、素晴らしい洞察力や人格が生まれてくるからです。



境界性パーソナリティ障害⑫に続く。

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2015年2月7日土曜日

境界性パーソナリティ障害10…特徴(8)アイデンティティの混乱






アイデンティティの障害


境界性パーソナリティ障害の一つの特徴は「自分が何者かが分からない」という感覚です。

これは、心理学では「同一性障害」と言います。要するにアイデンティティの障害です。

アメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-IV」)には、「同一性障害:著名で持続的な不安定な自己像または自己感」とあります。


境界性パーソナリティ障害の方は、自分が何者かということについて確かな感覚を持つことができずに苦しんでいます。そのために生きることへの違和感、あるいは居場所のなさという感覚を持っているのです。


太宰治の『人間失格』は、境界性パーソナリティ障害の人が感じている生きずらさが如実に描かれているといわれますが、この作品に多くの日本の若者が惹かれています。この小説の主人公と同じような自己の否定感情に苦しみ、自己同一性の欠如に苦悩している若者が、現代の日本に相当数多くいるということでしょう。この作品の主人公は自分の存在に違和感を感じていて、「道化」を演じてわざと笑いを取りながら、自分の本心を隠して生きる主人公の心が描かれています。そしてついに人間失格という感情に押しつぶされていきます。


現代の多くの若者は、親の自慢の子供である「いい子」を演じながら、「ありのままの自分」を受け入れられないという経験を持っているといわれています。

「自分の気持ちが分からない」「自分がどうしたいのか分からない」「自分は何のために生きているのか分からない」という感覚に、多くの若者は苦しみます。これは多くの人が十代に抱く悩みですが、境界性パーソナリティ障害の人は、その苦悩がその人を根底から脅かすほど深刻なものとして体験されています。

それというのも境界性パーソナリティ障害の人は、基本的安定感や自己肯定感が乏しいからです。そこに本人の複雑な出自や、本人の主体性が軽視され続け、不当に否定的に扱われて傷つけられてきた生育の歴史が重なると、アイデンティティの障害はより深刻にならざるを得ません。そして自分が何者かが分からないという空虚さに苦しむのです。



境界性パーソナリティ障害の人のもつ「空虚感」は、こうしたアイデンティティ障害とも密接にかかわっています。


あるアメリカの精神科医はこう報告しています。


「患者は心の中が空虚で、『自分のものは何もなく』、一緒にいる人が誰かによって、自分が異なる人間になると言っています。彼らは、孤独になると、自分が何者であるかが分からなくなり、自分が存在しないかのような感覚を抱くのです。彼らが孤独を回避しようとして、気違いじみた衝動的な努力をしたり、パニックに陥ったり、ひどい倦怠感、解離状態に陥ることも、これである程度説明できます。」


境界性パーソナリティ障害で苦しむある女性は、自分というものの感覚のなさに関して、こう証言しています。


「私は一緒にいる人の色に染まるっていう、カメレオンみたいな能力があるのよ。でも、これは、他人よりも自分を騙(だま)すためのものね。自分がなりたい人物になる時は、ほとんど意識していないのよ。あまりにもその状態が長く続くから、本当の自分のことがちっとも分らないの。現実感がないのよ。」

人は誰かの役に立っている実感をもつことで、自分が抱えた空虚感からのがれることができます。


境界性パーソナリティ障害の人は、介護やカウンセラーなどの援助者、世話焼きの役割を好むことが少なくないのですが、それは空虚感を乗り越えるつながりの感覚や、自己肯定感を与えてもらえるからだと思います。

境界性パーソナリティ障害に苦しんだ人は、人間心理の洞察力が優れており、人の心の苦しみやして欲しいことに敏感に気がつくという才能を発達させています。こうした才能を持つ人にとって、介護職やカウンセラーのような建設的な役割は、彼らにアイデンティティを与え、彼らの自己統制感を高めてくれます。

それは、心をむしばむ空虚感を和らげてくれるため、そこでは彼らは生き生きと働くことができるのです。何と言っても、人の苦しみや求めに敏感に対応できる力は、得難いものです。時々怒りが爆発するという不安定さを克服できると、援助職における素晴らしい才能の持ち主として活躍できると思います。

境界性パーソナリティ障害11に続く。

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