2014年9月20日土曜日

(投稿)心の闇を見つめる 2


1.不安と向き合う

 
心の奥に潜んでいる不安という「影」を見つめる作業を続けています。
特に一番「不安」に襲われる時は、朝目が覚めた直前です。目が覚めると同時に、「不安」が心の中全体を覆います。
その瞬間が、自らの「心の闇」を見つめ、対峙する絶好に機会になります。心静かに、不安に心が支配されないように、静かに「心の闇」を見つめます。

 今日の朝も「不安」に襲われました。その「不安」をじっと感じながら、その「不安」の様相を、布団に入りながら感じ続けました。

 そして、不安という「心の闇」から感じ取れたことは、次のようなものでした。

「自分が、人を不幸にするのではないか」という不安
「他の人を不幸にするかもしれない、そうなったらどうしよう」という恐怖
「これから不幸になったどうしよう」という不安と恐怖
「自分が人を不幸にする存在ではないか」という自分自身に対する不信感
「これ以上、人を不幸にしたくない」という怯え

2.思いこみの発見

こうしたものが、感じられました。
「自分が人を不幸にする存在」という極度の「思い込み」が、自分の中に存在しているのは、昔から感じていましたが、かなり根深い感情であることを、改めて感じました。

そして、人を不幸にしてしまった人たちへの罪悪感を感じながら「喪に服している」存在が、自分の潜在意識の中にあることを感じました。
その存在は、暗い世界の中で存在しているのかどうかは不明です。しかし、隔離した状態で閉じこもっていることだけは確かなようです。

そうしたものも、受け入れていかなければなりません。「自分を受け入れる」ことなくして、解決することはできない、ということを知っているからです。

そうした意識が、だいぶ意識の表面部分に近づいていることを感じます。その「心の闇」と対峙し、乗り越える時が近づいているように感じています。()

2014年9月10日水曜日

(投稿)「心の闇」を見つめる


 

①絵画療法での気づき

 
久しぶりに絵画療法を行ってみました。


自分の中の「不安」を描いてみると、どす黒い灰色の雲状のものでした。
その雲状のものから伝わってくるものがありました。

「こわい。どうしたらいいかわからない。
決められない。不安だ。そして、孤独だ。
だれも助けてくれない。どうしていいかわからない。
たくさんの人の命がかかっている。だから決められない。
どうしよう。助けてほしい。だれか、私の代わりに決めてくれないか。
より智慧のある方が名乗り出て、私の代わりに決めてほしい。
つらい。ものすごく、つらい。
私にはとても決めることなどできない。決められない。
こわいんだ。
苦しい。自分はだめだ。ああ、だめだ。」

悲しみ。苦しみ。孤独・・・。

「ああ、ずっと悩み続けた。期限はせまっている。
多くの人々を不幸にするかもしれない決断。
自分の命がなくなった方が、どれほど楽なことだろうか。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。」

「つらい、決められない。どうしても決められない。
だめだ。自信がない。」

「・・・・」

「罪悪感。申し訳ない。ただ、ただ、申し訳ない・・・。
多くの人を不幸にしてしまった。幸福にすることができなかった。
自分は悪人だ。自分なんて・・・。
ものすごい失敗体験・・。
ああ、自分に智慧があれば・・、力があれば・・・。」

「つらい、くやしい、悲しい・・・」

②不安の奥にあるもの


自分は、何か小さなことでも決められない性格でした。
多少は改善されましたが、何か小さなことでも決断を迫られると、
迷い、強い不安に駆られます
自分は正しい決断ができないのではないか、という強い不安
そして、人を不幸にしてしまうのではないかという強い強迫観念にさいなまれます。
以前よりは少なくなりましたが、依然として心の奥底に残っています。
自分の中にある「不安」は、今回出てきたものが原因になっていることは明らかです。
今後ももう少し分析していかなければいけないようです。

自分のなかにある深い「心の闇」
この「心の闇」との対決は、まだまだ続きそうです。(「大」)