2014年5月30日金曜日

(投稿)未来を創る5 過去に生きる心を変える



1.不安感の理由

最近、というか昔からですが、朝起きる時に、何ともいえない不安に襲われます。
その原因が何であるのか全くわからず、特に夢見が悪いときなどは、起きることができないことさえあります。
ある朝目覚めたときも、何度も言えない不安に襲われました。
それほど強い感覚ではないのですが、どんよりと重く、非常に気分が良くありませんでした。

その朝は、布団に入りながら、目覚めてすぐに自分に問いかけました。
何度問いかけてもわからなかったのですが、その日は時間をかけて問いかけてみました。
「自分を襲うこの不安感は何なのか。」
「ただの怠け心なのか、それとも、深層意識での何かが影響しているのか。」
しばらく問いかけてみると、突然バシッと心の中に入ってきた念いがありました。

失ってしまうことへの恐れ。それがこの不安感正体・・・。」

その念いが湧いてきた瞬間、心の中から不安がスッと抜けていくのを感じました。
「何を」失ってしまうことを恐れているのか、それはわかりませんでした。
その日から、ずっと、この「失ってしまうことへの恐れ」について考えました。


2.失うことへの恐れ
今まで気づかなかったことですが、私の中には、確かに「失うことへの恐れ」というものが存在していることがわかりました。
そして、自分の中に「失うことに対する恐怖」が存在しているということは、何かのトラウマが原因となっている。すなわち、過去において、「大切なものを失った、もしくは幸せな環境が崩れて、不幸が訪れた。」といった経験があって、それがまた起こるのではないか、という不安を感じているのであろうと思います。それは、それで今後の探求の課題としてとらえました。

ただ問題であったのは、その不安をきっかけとして、自分の心がどう動いたか、ということです。
つまり、自分を守る「自己保身」へ走ったのかどうか、ということです。
この不安というものが、ただ単に自分を守りたいという「自己保身」としてあったなら、そこに反省すべき材料があるということです。

過去世において、どのような経緯があったかを、追跡してみました。感じられたのは、次のようなものでした。

「私が伝えていたものは、素晴らしい教え。不幸な人々を救いたい。苦しみに満ちた人々の心に光を灯したい。その一心で教えを伝えていった。人々の顔は笑顔に満ちていった。神の御力の素晴らしさよ。そうして苦しみに満ちていた人々の心に光が灯り、周りは次第に明るくなっていった。
しかし、それもつかぬ間のことであった。権力者達が、私たちを弾圧し始めた。多くの仲間達は捕まり、そして殺されていった。私は神を恨んだ。何故に、このような無情なことをなさるのか。あなたを信じていた人たち、あなたに従う人たちを、何故に苦しみを与えようとするのか。あなたを信じることによって苦しみを与えられるのなら、あなたを信じる価値など、どこにあろうか。何故にあなたを信じる必要があろうか。
教えて欲しい。なぜなのか。なぜ、神を信じるが故に、苦しみが与えられるのであろうか。神の教えは、人々を苦しみから救うものではないのか。失望や絶望に満ちた人々の心に、一筋の希望を与えたもうものではないのか。それを、何故に、信じることによって苦しまねばならないのか。
わからない。どうして良いかわからない。何を信じて良いのかわからない。自分が今まで信じてきたものはなんであったのか。教えを広めたばかりに、殺されなくていい人たちが殺されてしまった。自分はとんでもないことをしてしまったのであろうか。一人でも多くの人たちを幸せにしたかった。それなのに、自分を縁として、多くの人たちが殺され、苦しむことになった。ああ、自分はどうすればいいのか。何を信じていけばいいのか。」


3.過去に生きている心を変える
神への信頼を根底から覆され、正常な思考ができなくなってしまった。そして、心の支えを失った結果、不安恐怖に襲われる結果となってしまった。恐怖や不安に襲われ、そこから自己保身の感情が沸き上がってきた。
神に裏切られたという心の傷、そして幸せにしようとした多くの人々を不幸にしてしまったという自責の念は、深く深く、自分の心の奥に刻まれているようです。このときに持ってしまった自己保身の心のクセが抜けきっていないように感じます。

その時の自分を正当化するつもりはありません。しかし、この時に受けた心の傷が、もうこれ以上自分を苦しませ続けることがないようにしなければならない。過去のレンズを通して未来を見ているのなら、過去のレンズを取り替えることも、未来を輝かせるために不可欠なことであると感じます。

過去のレンズ取り替えるには、過去における認識を変えていかねばなりません。心は未来にも過去にも生き続けることができます。過去に生きている心と対峙し、変えていかねばならない。それが未来を創る上で大切なことであると思います。(大)

<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
メール:tanemura1956@gmail.com

2014年5月28日水曜日

(投稿)未来を創る 4  自己実現の法則


自己実現の法則は働いている


私の体験を通して私が確信していることは、

ある一定方向に念いを集中すると、それに向かう方向に、環境が変わっていく。

ということです。言い換えれば、

願望を強くかつ継続的に持ち続けると、それを達成するために必要な状況が目の前に展開され、結果として、それが実現してしまう。

ということです。

よく言う「自己実現の法則」なのですが、これは、特別に意識して行うかどうかに関わらず、心の法則として、日常的に作用しているものです。
「自己実現の手法」はそれを意識的かつ集中的に行ったにすぎず、何も特別なことではありません。

アインシュタインが相対性理論を発表する前は、時間は常に一定であり、万有引力も普遍の法則である、という認識が当たり前でした。相対性理論の発表後、時間の観念や、引力の法則、私たちの周りを取り巻く空間の認識が一変しました。通常認識している感覚では、万有引力や時間一定の法則は、ごく当たり前に納得する法則なのですが、残念ながら、私たちが感じている感覚とは全く違ったものであったということが科学的に証明された、ということです。「重力とは空間の歪みである」ということは、到底日常感覚からは理解することができません。
少し前の時代には、コペルニクスの地動説から天動説への転換というものがありました。地動説の方が「日常の感覚」として感じられるのですが、実際は天動説が正しいということです。
それと同じ現象が、心の世界で起きているということです。

・周りの環境によって心を動かされ、あるいは支配される姿。
・被害意識が強く、自分の不幸な出来事を、周りの環境のせいにする姿。
自らの人生を切り開くことができず、自己限定をしながら生きている姿。
自分の周りの世界は、到底自分ではどうすることもない世界であり、周りの環境に支配されなが 
 ら生きていかなくてはならない、と思うこと。

自分をとりまく世界と自分自身とを比較し、自分の存在の小ささを感じたときに、どうしてもそのようなネガティブな感情が出てしまいます。客観的に、素直な目でみると、そう映ってしまうということです。
しかし、これは先ほどのアインシュタインやコペルニクスの例にもよく似ています。
相対性理論の中でいうところの、光の速度が絶対的な基準であるように、また、天動説と地動説では、中心となる対象が全く違ってくるように、自分自身の心の発する方向性が全てを決めるということです。自分の心の指針が中心となってくるということです。

周りの環境に流されている自分がいるならば、そういう方向付けをしている自分がいるということです。そうなるように、自分自身が自分の人生を創っているということになるのです。
ですから、日常生活の中で、相対性理論や天動説よりも、万有引力や地動説の方が「そうであるように感じる」ということと同じことになります。

まずは、知識として理解していくしかないでしょう。そして自分自身で、意識しながら理解を薦めていくしかないと思います。
世の中にある「自己実現の法則」というのは、特別な技法と感じられるのですが、全くそんなことはないということを理解する必要性があります。相対性理論や天動説が、証明される前より真実として存在していたように、「自己実現の法則」も、心の普遍的な原理として存在しています。それを使う使わないの問題ではなく、日々その原理で心の法則が成り立っているということです。

まず、このことを理解するということが、非常に大切であるとともに、人々への大いなる希望となる、と確信しています。(「大」)

<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
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2014年5月18日日曜日

(投稿)未来を創る3  過去に縛られて未来を見るのをやめる




過去のフィルターで未来を見る


今が不幸だからといって、何故に、これからも不幸であるといえるのでしょうか。
今自分に能力がないからといって、何故に、これからも無能のままでいるといえるのでしょうか。
今が豊かでないからといって、何故に、これからも貧困のままでいるといえるのでしょうか。
今自分に愛が少ないからといって、何故に、これからも愛豊かでないままでいるといえるのでしょうか。

過去が現在の自分を縛ることがあります。
それを、「現在に生きずに、過去に生きている」という人もいます。
「過去は過去。過去に縛られず、過去に生きずに、現在に生きればいいのに」
客観的なアドバイスをすれば、そういうことになるでしょう。
しかしながら、その人は、過去に生きているのではありません。
その人たちも、未来を見て生きています。
ただ、過去の出来事をフィルターに通して、未来をみているのです。

過去に不幸であったこと、それがこれからも起きるのではないか・・
過去に無能であったこと、それがこれからも人と比較して自分を苦しめるのではないか・・
過去に失敗したこと、それがこれからも起きるのではないか・・
過去から現在まで豊かでなかったこと、それがこれからも続いていくのではないか・・


未来に目を向けて生きる


過去はすでに起きてしまったことで、それ以外の何でもありません。
しかしながら、現在までのことは、現在に至った時点で、その価値を失うのです。
言い換えれば、その使命を終えるといっていいと思います。
価値があるのは未来であり、過ぎ去ってしまった過去は、意味をなさなくなります。
私たちは、未来に目を向けるべきであり、それが魂が本来持っている性質であり
この3次元世界に生きていることの真なる意味でもあります。
我々魂なる存在は、現在に生きているようで、そうではありません。
本来の魂は、そして本来生きている世界では、時間の観念が存在しません。
この世界では、時間が固定されているように見えますが、本来そうではありません。

私たち魂なる存在は、現在に生きているようでありながら、未来に目を向けて生きています。
そして、未来に向けて自分の存在を、そして周りの環境を創りながら進んでいるのです。
それが、私たち魂なる存在の性質であり、実際に起きていることでもあるのです。

一方で、いわゆる「過去にとらわれて」生きている状態について言えば、
実は、その状態では、「過去」という遺物を通して、未来を設計しているのです。
「過去」というフィルターを通して、「未来」を見、創り上げているのです。
その状態では、「未来は過去の延長上にある」ということを信じて疑いません。
素晴らしい過去の延長であれば、それはそれで良いのかもしれませんが、
暗い過去であったら、全く悲しい創作をしているとしか言いようがありません。

未来は過去の延長では、決して「ない」のです。
未来は自分で創り続けている、というのが絶対的なる真実であるのです。
その事実に気づくことがなければ、決して自分の人生も変わることはないでしょう。


過去に縛られない


私について言えば、
たとえ、自らの努力によって、周りに認められはじめていても
過去に受けた、自らが無能であったゆえの屈辱に、過去の自らの至らなさを責め
過去に起こした失敗や不幸について、過去の自分を責め続け、
そのことが、未来に暗い影を落とし、これからの素晴らしい未来を開ける邪魔を
していることに気づきました。

何故に、「未来」を「過去」に支配されなければならないのか
そうした想いが、心の底から、強く強く、沸き上がってきました。

もう、いい加減にしよう。
過去に起きたことは、これから未来に起こることを約束しているのではない
これ以上、自分を抑えることに無駄な努力をするのはやめよう。
素直になって、自分の人生を「創り上げて」いこう。
そう思った時、体の中心から力がみなぎってくる感じがしました。
「そうだ、これが本来自分が向かうべき道であったのだ。」
そう思い、過去と決別する覚悟をしました。

世の中には、過去に縛られて、現在をそして未来を生きることができない方々が数多くおられます。
未来に希望を持って生きることが、その人にとって、そしてこの世界にとって、どれほど素晴らしいことであるか。
そのことを胸に抱きながら、さらに「未来を創る」というテーマで、書き綴っていきたいと思います。
(大)

<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
メール:tanemura1956@gmail.com

 

2014年5月15日木曜日

(投稿)未来を創る 2  立脚点を未来に置く

(コメント)未来に立脚点をおいて物事を見たときに、今までのものの見方が変わります。未来を自由に創造していくには、そういう見方が必要なのではないか。そう投稿者は力説していると思います。未来を創るための思考を、共に考えていきたいと思います。

 (投稿)

未来を創造するために

 自己実現の意味について、さらに述べていきます。
前回、
・「現在」というものは、あまり意味のあるものではない
・心は常に「未来」に生きている
ということを述べましたが、あまりにも極論に見えるかもしれません。

しかしながら、「人は常に未来を創造していく使命がある」という真実に触れたとき、
ごくごく当たり前のように感じ取れることではないかと思います。

もう一つ、述べておかねばならないことがあります。
人は、将来のことを案じて、「不安」もしくは「希望」を感じます。
そして、それは、過去から続く「現在」を材料にして、そう感じているということがわかると思うのです。
しかしながら、それは真実であるのでしょうか。

それを疑ってほしいのです。

先ほど、人には「未来を創造していく使命がある」と言いました。
また、極論とも思われる理論を展開しました。
それらのことを含めて見たとき、
過去から続く「現在」を材料に、「未来」に「不安」や「期待」を抱くということは、

ごく当たり前のように感じるのですが、
それは、決して正しいとはいえないと思うのです。

「未来」にとって、現在は「過去」となります。
その時点の「未来」も、その先の「未来」にとっては、意味をなさなくなります。
「未来」に立脚点を置いている以上、「現在」はあくまでも通過点であるという意味で、
「意味をなさなくなる」、という意味です。
現在までのことは、あくまでも未来を切り開くための材料にすぎません。
そのための「反省」ということでもあると思います。
未来を展開するにあたって、現在から過去を振り返り、「反省」することは不可欠なことだと思います。
しかしながら、それはそれだけのことであり、それ以上のものではないと思うのです。
あくまでも立脚点は「未来」にあるということを忘れないことが大切なことです。

わかりにくいかもしれないですが、
理屈ではわかりにくくても、感覚でわかってほしいと思います。
この理論を理解することができれば、
自らの人生を支配することができる、ということになります。
それは、巷にある自己実現の方法と似たようなものに見えるでしょうが、
巷にある理論には、根本的な部分が欠落しているように思えます。
人間の本質に根差した「自己実現」というものが、

これから大切になっていくと思います。(大)

<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
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2014年5月11日日曜日

(投稿)未来を創る① 自己実現の真なる意味



 (コメント)これは「大」さんのユニークな投稿です。自己実現を本格的に考えるための試論です。心理療法では「今、ここ」を非常に重視します。しかし、「大」さんはあえてそれを覆して「未来」に焦点を当てます。自分の実感に忠実に考えを掘り下げたのです。それが非常にユニークな本論となりました。

 

(投稿)

 
未来とは

現在にとって、未来とは何であろうか

過去にとって、現在とは何であろうか

 それでは、未来にとって、現在とは何であろうか・・・

 
未来が不確定で、どのように展開するかわからないとき

将来起こるかもしれない不幸な出来事を予感し、不安に襲われる

 もしくは、将来起こるかもしれない幸福なできごとを予感し、

 大いなる安らぎと幸福感に満たされる

 
 いずれも、現時点では、まだ発生していない出来事であり、

 過去からの流れに基づいた予想をもとに、

 想像の中で、不安感に襲われ、もしくは期待感に胸をふくらます

 そう、まだ発生していない、あくまで想像あるいはイメージの中で起きていることなのだ

実際にそうなったと確定していないできごと

 そして、実際にそれが現実となった時に、また新たなる想像が展開していく。
 

そう、言ってみれば、心の状態は、実際に起きた現実をもとに、

 「将来の出来事を想像上で」とらえ、振り回されている。

 心は、現在にあるようで、実は「未来にある」といえるのだ。

 「過去からの流れ」をもとに「現在の自分や環境」を認識し、

 「未来の自分や周りの環境」に心を砕いていく。

それが、冒頭に述べた質問の回答へとつながっていく

 
心にとっての現在と過去

心の世界でいえば、「現在」というものは、あまり重要ではない

心が「現在に満足している」ということを良く聞くことがあるが、

それは、現在ではなく、現在を通じて将来へも続く希望予測に満足しているということ

 つまり、この現在の幸福感が未来まで続くということに満足しているということ

 ゆえに、この時の心は「未来」にあるといっていい
 

 またある時は「過去」に心が固定される

過去に起きた出来事を、いつまでもくよくよと悔やんでいる

 しかし、その「過去」の出来事ゆえに、「現在」の自分の状態を恨み

 それが「未来」まで続いていくことを予想していくことで、「過去への悔恨」が完成されていく

 ゆえに、この時の心も、ある意味で「未来」にあるといっていい

 
「現在」というものは、「過去」の積み重ねであるという

確かにそれは、真実

 「過去」から言えば、「現在」とは「未来」である

「過去」から見れば、「過去」自身はさほど重要ではなく、心は「現在」にあったといえる

 そして、「現在」を通じて、それが「未来」へとつながっていく
 

未来を創っていく

人は、「現在」に生きているようで、実は「未来」に生きているのだ

 その真実を知った時、実は「自己実現」というものの真の意味がわかってくる

人間は、何ゆえに、将来を予測し、

時には「不安」に襲われ、

時には「希望」に胸をふくらませるのか

 その人間としてあたりまえと思われることの奥に、

人間として最も大切な営みというべきものが隠されているということに

気づかねばならない

 
 それは、人間は、「未来を創っていく」使命があるということ

何ゆえに、人間たるものが存在しているのか

 その根源について、人間はもっと深く探求していかなくてはならない

 
 ゆえに、「現在」というものは、あまり意味がない、ということであるのだ

現在というものは、あくまでも「結果」にしかすぎない

大切なのは、結果ではなく、

未来をどうデザインし創りあげていくかということ

実は、それが各人に求められていることなのだ

 
 それが人間の心が「未来」に生きているということの真実の意味・・・

 
「心の作用」という、ごくごくあたりまえのこと

 そうした当たり前のことの奥に、真実は隠されている

 
「自己実現」というものの奥には、確かに真実につながる道がある

「未来を創っていく使命」が根源にあって、「自己実現」というものが成り立っていく

 それは人間の中にごく自然にある「心の作用」の根源にもつながっていくものである

 
 それが「自己実現」ということの真なる意味でもある(「大」)


<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
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