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5月, 2014の投稿を表示しています

(投稿)未来を創る5 過去に生きる心を変える

1.不安感の理由
最近、というか昔からですが、朝起きる時に、何ともいえない不安に襲われます。
その原因が何であるのか全くわからず、特に夢見が悪いときなどは、起きることができないことさえあります。
ある朝目覚めたときも、何度も言えない不安に襲われました。
それほど強い感覚ではないのですが、どんよりと重く、非常に気分が良くありませんでした。

その朝は、布団に入りながら、目覚めてすぐに自分に問いかけました。
何度問いかけてもわからなかったのですが、その日は時間をかけて問いかけてみました。
「自分を襲うこの不安感は何なのか。」
「ただの怠け心なのか、それとも、深層意識での何かが影響しているのか。」
しばらく問いかけてみると、突然バシッと心の中に入ってきた念いがありました。

「失ってしまうことへの恐れ。それがこの不安感の正体・・・。」

その念いが湧いてきた瞬間、心の中から不安がスッと抜けていくのを感じました。
「何を」失ってしまうことを恐れているのか、それはわかりませんでした。
その日から、ずっと、この「失ってしまうことへの恐れ」について考えました。


2.失うことへの恐れ
今まで気づかなかったことですが、私の中には、確かに「失うことへの恐れ」というものが存在していることがわかりました。
そして、自分の中に「失うことに対する恐怖」が存在しているということは、何かのトラウマが原因となっている。すなわち、過去において、「大切なものを失った、もしくは幸せな環境が崩れて、不幸が訪れた。」といった経験があって、それがまた起こるのではないか、という不安を感じているのであろうと思います。それは、それで今後の探求の課題としてとらえました。

ただ問題であったのは、その不安をきっかけとして、自分の心がどう動いたか、ということです。
つまり、自分を守る「自己保身」へ走ったのかどうか、ということです。
この不安というものが、ただ単に自分を守りたいという「自己保身」としてあったなら、そこに反省すべき材料があるということです。

過去世において、どのような経緯があったかを、追跡してみました。感じられたのは、次のようなものでした。

「私が伝えていたものは、素晴らしい教え。不幸な人々を救いたい。苦しみに満ちた人々の心に光を灯したい。その一心で教えを伝えていった。人々の顔は笑顔に満ちていった。神の御力の素晴らしさよ。そうして苦しみに満ちていた人々の心に…

(投稿)未来を創る 4  自己実現の法則

自己実現の法則は働いている


私の体験を通して私が確信していることは、

「ある一定方向に念いを集中すると、それに向かう方向に、環境が変わっていく。」
ということです。言い換えれば、
「願望を強くかつ継続的に持ち続けると、それを達成するために必要な状況が目の前に展開され、結果として、それが実現してしまう。」
ということです。
よく言う「自己実現の法則」なのですが、これは、特別に意識して行うかどうかに関わらず、心の法則として、日常的に作用しているものです。
「自己実現の手法」はそれを意識的かつ集中的に行ったにすぎず、何も特別なことではありません。

アインシュタインが相対性理論を発表する前は、時間は常に一定であり、万有引力も普遍の法則である、という認識が当たり前でした。相対性理論の発表後、時間の観念や、引力の法則、私たちの周りを取り巻く空間の認識が一変しました。通常認識している感覚では、万有引力や時間一定の法則は、ごく当たり前に納得する法則なのですが、残念ながら、私たちが感じている感覚とは全く違ったものであったということが科学的に証明された、ということです。「重力とは空間の歪みである」ということは、到底日常感覚からは理解することができません。
少し前の時代には、コペルニクスの地動説から天動説への転換というものがありました。地動説の方が「日常の感覚」として感じられるのですが、実際は天動説が正しいということです。
それと同じ現象が、心の世界で起きているということです。

・周りの環境によって心を動かされ、あるいは支配される姿。
・被害意識が強く、自分の不幸な出来事を、周りの環境のせいにする姿。
・自らの人生を切り開くことができず、自己限定をしながら生きている姿。
・自分の周りの世界は、到底自分ではどうすることもない世界であり、周りの環境に支配されなが  ら生きていかなくてはならない、と思うこと。

自分をとりまく世界と自分自身とを比較し、自分の存在の小ささを感じたときに、どうしてもそのようなネガティブな感情が出てしまいます。客観的に、素直な目でみると、そう映ってしまうということです。

(投稿)未来を創る3  過去に縛られて未来を見るのをやめる

過去のフィルターで未来を見る


今が不幸だからといって、何故に、これからも不幸であるといえるのでしょうか。
今自分に能力がないからといって、何故に、これからも無能のままでいるといえるのでしょうか。
今が豊かでないからといって、何故に、これからも貧困のままでいるといえるのでしょうか。
今自分に愛が少ないからといって、何故に、これからも愛豊かでないままでいるといえるのでしょうか。

過去が現在の自分を縛ることがあります。
それを、「現在に生きずに、過去に生きている」という人もいます。
「過去は過去。過去に縛られず、過去に生きずに、現在に生きればいいのに」
客観的なアドバイスをすれば、そういうことになるでしょう。
しかしながら、その人は、過去に生きているのではありません。
その人たちも、未来を見て生きています。
ただ、過去の出来事をフィルターに通して、未来をみているのです。

過去に不幸であったこと、それがこれからも起きるのではないか・・
過去に無能であったこと、それがこれからも人と比較して自分を苦しめるのではないか・・
過去に失敗したこと、それがこれからも起きるのではないか・・
過去から現在まで豊かでなかったこと、それがこれからも続いていくのではないか・・


未来に目を向けて生きる

過去はすでに起きてしまったことで、それ以外の何でもありません。

(投稿)未来を創る 2  立脚点を未来に置く

(コメント)未来に立脚点をおいて物事を見たときに、今までのものの見方が変わります。未来を自由に創造していくには、そういう見方が必要なのではないか。そう投稿者は力説していると思います。未来を創るための思考を、共に考えていきたいと思います。

(投稿)
未来を創造するために
自己実現の意味について、さらに述べていきます。
前回、
・「現在」というものは、あまり意味のあるものではない
・心は常に「未来」に生きている
ということを述べましたが、あまりにも極論に見えるかもしれません。

しかしながら、「人は常に未来を創造していく使命がある」という真実に触れたとき、
ごくごく当たり前のように感じ取れることではないかと思います。

もう一つ、述べておかねばならないことがあります。
人は、将来のことを案じて、「不安」もしくは「希望」を感じます。
そして、それは、過去から続く「現在」を材料にして、そう感じているということがわかると思うのです。
しかしながら、それは真実であるのでしょうか。
それを疑ってほしいのです。

先ほど、人には「未来を創造していく使命がある」と言いました。
また、極論とも思われる理論を展開しました。
それらのことを含めて見たとき、

(投稿)未来を創る① 自己実現の真なる意味

(コメント)これは「大」さんのユニークな投稿です。自己実現を本格的に考えるための試論です。心理療法では「今、ここ」を非常に重視します。しかし、「大」さんはあえてそれを覆して「未来」に焦点を当てます。自分の実感に忠実に考えを掘り下げたのです。それが非常にユニークな本論となりました。
(投稿)
未来とは
現在にとって、未来とは何であろうか
過去にとって、現在とは何であろうか
それでは、未来にとって、現在とは何であろうか・・・
未来が不確定で、どのように展開するかわからないとき
将来起こるかもしれない不幸な出来事を予感し、不安に襲われる
もしくは、将来起こるかもしれない幸福なできごとを予感し、
大いなる安らぎと幸福感に満たされる
いずれも、現時点では、まだ発生していない出来事であり、
過去からの流れに基づいた予想をもとに、
想像の中で、不安感に襲われ、もしくは期待感に胸をふくらます