2017年2月10日金曜日

夢で心を見つめる⑤・・・そろばん勘定



ある人がこんな夢を見ました。

シルベスタローンが、別の仕事で関わっている会社と販売契約の交渉をしています。シルベスタローンは、身体を鍛える時に使うマットレスを独自に開発したのですが、その販売権に関する契約交渉です。マットレス一枚の販売につき、彼の取り分はいくらで、マットレスの開発にかかったお金を別途支払ってもらうとか、細かな算段をしています。さほど大きくはない金額なのですが、すごく収入にこだわっている印象が残りました。

この人にとってシルベスタローンは、ランボー役では社会正義のために身を犠牲にして戦うヒーローであり、ロッキーはどん底から這い上がった英雄として、共感する大好きな人物です。

ところがその英雄的な人物が、細かな販売契約に腐心し、そろばん勘定をしていることに違和感を感じたと言います。

この夢は、密かにあこがれて心に描いているこういう自分でありたいという自己イメージと、お金に腐心してそろばん勘定をしている自分にギャップを感じ取ることに意味があったのかもしれません。

この人は、その両方ともに自分の心の中にあるものだと受け入れましたが、そこに違和感を感じた自分を新たに発見したと言います。

この人は結局、細かなそろばん勘定を忘れて、本来自分が成し遂げたいことに思いっきり専心してゆこうという気持ちを固めました。

夢は潜在意識からのメッセージです。自分の心のありのままの姿を教えてくれています。それを受け止めることで、自分の気づいていない側面を自覚することもできます。それに向かいあうことで、心の成長につながってゆくのではないでしょうか。

種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
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2017年2月8日水曜日

夢で心を見つめる④・・・焦りと劣等感



ある人がこんな夢を見ました。

その人は夢の中では、新しい会社で仕事をしています。
日経新聞社が出しているビジネス誌の何ページかが出てきました。
それを見て、文字は読めても内容がさっぱり頭に入らなくて、焦っています。
どのページを見ても、理解できず頭の上辺をかするだけなのです。
自分には新しいこの仕事ができないという劣等感を感じています。

目が覚めて、その時の感情と、その夢の意味を考えました。
感情は焦りと劣等感です。
分からないという焦り、そして分からない自分への劣等感でした。
この人はこれまでの人生で、何度かそういう感情を、ビジネスに関して経験したことがありました。
一生懸命新しいビジネスを学ぼうとするのですが、頭に入ってこないというか、分かったという実感がないのです。
この人は自分はビジネスに向いていないのかと悩んだことがありました。

しかし、本当の問題は、知識から入ろうとしていたことでした。
何でも活字を読んで学ぶことが自分のスタイルだと思っていたのですが、この人の個性はそうではなかったのです。
その証拠に、これまでの人生で予想外にうまくいった時は、いずれも徹底的な実践の中で、コツを身につけていった時でした。
とても難しい仕事でも、体当たりして乗り越えた経験も思い出しました。だから、劣等感を持つ必要はないはずでした。
体で覚えてしまうと理屈は後からくっついてきて理論でも説明できるようになるのですが、最初に理論を見てわかるタイプではなかったのです。

知識偏重で、どんなことでも知識を仕入れておけばできるという思い込みは、この人が以前に働いていたある会社で身につけた固定観念でした。
その証拠に別の会社では、のっぴきならない状況で実践の中に飛び込んでいったときは、色々試行錯誤しながら仕事のコツを身体で覚えるとユニークな成果が出たからです。

それまでは知識がないからわからないという思い込みがあったので、試行錯誤することが怖く、しり込みしていたにすぎなかったのです。

現場を体験せずに知識だけ吸収しようとしても、本当のことが分かるはずがありません。

そうした固定観念に縛られていた時代の感情が残っていて、夢で味わったようです。
夢の意味を考えるうちに、自分の固定観念の間違いにも気が付きました。
この人は自分の本来の個性を縛っていたものを捨てようと思いました。

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2017年2月6日月曜日

夢で心を見つめる③・・・焦り



ある中年の男性は、こんな夢を見ました。

彼は久しぶりに、いつも相談に乗ってもらっている知人に会いました。その時に知人から、まったく新しいことを教わり、心がざわつきました。
「そんな話は知らなかった。他の人はもう聞いているのだろう。自分は遅れているにちがいない。」
そう思ったのです。

すると夢のシーンが変わりました。今度は以前に所属していた団体の長が、まったく新しい話をしているシーンが出てきました。初めて聞く本の名前も多くあり、彼はもっと心がざわつきました。
「しまった、自分は後れを取ってしまった。他の人からずいぶん遅れてしまった。遅れを取り戻さねば。何冊も本を読み、新しい情報を学ばなくてはならない・・・。」

そう思っているところで、目が覚めました。

この夢は、現在と過去の二つにまたがったシーンが出てきました。
過去にあった思いが、過去だけに終わらず現在も共通していることを暗示しているのでしょう。

その思いとは何か。
共通する感情に意識を向けて見ると、「焦り」です。

彼は思い当たることがありました。
彼が過去にいた団体では、そこで説かれた情報をいち早く学習し、マスターすることが指導的な立場に立つための条件だったのです。情報はどんどん分野が変わるので、その都度一所懸命に勉強して、少しでも人より優位に立とうと焦っていました。
そこで学ぶ情報は、人の心や生き方に関する情報であったにもかかわらず、次から次から新しく出てくるので、実践している暇がなかったといいます。
要するにいくら学んでも、単なる知識に過ぎなかったのです。
彼はそこでは、次々に出てくる新知識を学び、実践することなく、整理して話す。それだけの作業を繰り返していたのです。
いくら学んでも、人格の成長は伴わず、心は常に焦りに支配され、人より優れたい、より認められたいという欲望ばかりが膨らんでいたと言います。

その傾向は、今も続いているということを、夢は警告していました。
実践して体験し、自分自身の得たものとするのでなければ、何を学ぼうと心を成長させることはありません。
自分が本当につかみ取ったことではないからです。

人から聞いた知識はそれを自分で実践して本当かどうか確かめ、自分の気付きとなったときに、初めて血肉(ちにく)となり、心と人格の成長をもたらします。
夢で味わった焦りの奥には、学び方に対する考え違いも潜んでいると思いました。

こういう未熟な自分の姿は、決して見たくないネガティブな自分です。否定したい自分でもあります。だから人は、抑圧してそれに気がつかないようにします。
しかし、そうすればするほど、そのエネルギーは潜在意識に溜まって、無意識のうちに自分をあやつるようになるのです。
それに気づかせるために夢に出てくるのでしょう。

夢の中のネガティブな自分は、自分の影です。
影とは自分が否定したいと思う人格のネガティブな側面のことです。
中年以降は、影との対決が人格成長の重要な課題となります。
まず向き合って、「これは自分の影だ、そして自分自身だ」と受け入れることが必要です。
その時、影は、意識の奥に隠れて無意識に操るのをやめて、意識の一部となり、成長を手助けしてくれるエネルギーに転換するようです。

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2017年2月5日日曜日

夢で心を見つめる②・・・未練



ある中年の男性が、明け方に見た夢は、自分が勤めていた教育事業の会社を去る時のシーンでした。

男性は、その会社で人を教える仕事をしていたのですが、ついに辞めねばならない時が来ました。後ろ髪を引かれる思いでその組織の長が行うセレモニーに出席するために、左側にあるセレモニーの部屋の方向へ歩いていました。彼はそのセレモニーに行くのが嫌でした。もう一人、一緒に辞めることになった同僚は、さっさとその部屋に行ったのですが、彼は横切った研修施設で一人の若い男性が、研修に来た人の相談に乗り指導している姿を見て立ち止まりました。

夢はそこで終わりです。
目が覚めてから、自分が見た夢の意味は何だろうと考えました。
特にその夢の中でどういう感情が湧いていたのかに注意して、そのときに感じていた感情を味わうことにしました。

辞めたくないという気持ちが強く残って、くすぶっているように感じました。
その理由は、彼が去る間際に眼にした若い男性がしていたことに現れています。
彼はその若い人のように、研修に来た人を指導する仕事をもっと続けたかったという思いを残していたのです。
この感情に名前を付けるとすると・・・、「未練」でした。

「そうか、自分は未練を持っていたのだ。だから、その後の人生でも、何かの機会があると人を指導したがったのは、その未練に引きずられていたのだ。」

彼は、何度となく無意識にとっていた行動の理由に気が付きました。

彼は、この未練を持っていることを認めるのがつらいので、抑圧して忘れて生きてきたのです。だから気がつかなかったのですが、潜在意識にはその抑圧された思いが潜んでいたのです。

そういう「未練」を持っていた自分であったということを、彼は受け入れようと思いました。
不思議なことに、それを受け入れると、二度とそうした夢を見ることはなくなりました。

抑圧した思いは、思い出して味わい、それを受け入れると、静かになってたんなる記憶の一ページに収まってしまします。
すると無意識のうちに意識に働きかけることがなくなります。
こうして、抑圧した思いから徐々に解放されていくのです。

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2017年2月3日金曜日

夢で心を見つめる①・・・自分勝手



ある中年男性は、こんな夢を見ました。

彼が30代のころ勤めていた職場の同僚とその奥さんと思われる女性が夢に出てきました。その女性が「私のことを何もかまってもらっていない。自分一人で勝手に生きている」と大きな口を開けて抗議していました。

しかしその女性は、どう見ても彼が知っているその同僚の妻ではありません。どこかで見た顔だと思って考えているうちに、それが20代に勤めていた別の職場で一緒だった同僚の奥さんだと気がつきました。

夢の中の同僚の男性は30代の職場で一緒だった人で、夢に出てきた女性は20代の職場で出会った人だということは、20代と30代の二つの職場時代を通して共通している問題を、夢が語っていると思われます。

夢で見る同性の人物は、自分自身の影でもあると思われます。
これはユングが見出した分析法です。

影とは自分では意識できていない自分自身のネガティブな側面です。
それに対して女性は、この場合は伴侶に対する接し方の問題点を教えてくれるものだと思われます。
この女性がユングの言うアニマ(自分の魂の中にある女性の意識)と言えるかどうかまではわかりません。

彼は自分の関心事にひき籠る傾向があり、伴侶はそういう自分をひたすら支えてくれる存在という思い込みを持っていました。そして、ともすれば自分自身の世界に籠って、妻と共有してこなかったという反省をしていました。

彼は努力しているつもりではありましたが、変われていなかったのです。独断専行が多く、伴侶に相談して決めるということを忘れがちなので、その態度を改めよ、とこの夢が教えているようです。

彼は、要するに「自分勝手」だったのです。自分一人で生きている行動が多かったのです。

この夢の女性は、そうとう大きな声で、口を大きく開けて抗議していたので、本当にこの声を真剣に受けとめて、身勝手な態度を変える必要があると、そう警告している夢だったに違いありません。

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2017年2月1日水曜日

反省のコツ…今の感情に目を向ける



私は反省を説くある宗教家の仏教解説を学んだために、反省というと、ついつい過去の自分を振り返るという癖がついていました。

そのため心を見つめる際に、どうしても過去の自分の心の動きを見つめることが多くなりました。

しかし、過去の出来事を詳細に思い出しても、その時の自分の想念の渦が再現されるだけで、かえってマイナスになることが少なくありませんでした。

さらには、思いが現在と未来に向かず、常に過去に向かう癖が生まれていました。

これでは人生が進みません。

こうした反省の結果、過去の駄目だった自分を見つめては自分自身を裁く癖がつくようにもなりました。
自分を裁くという傾向は、心の成長をゆがめます。
非常にネガティブになり、自分を裁くと人も裁くようになります。

反省の際にまず過去に目を向けるという傾向は、弊害があり間違いだと気が付きました。

過去にばかり意識が向かう反省法が、実は私の学んだ宗教家の歪んだフィルターであったことに気がついてからは、それを脱するように努力しました。

反省のポイントは、「今の感情を見つめて、それを覚えておく」ことです。

今経験している感情を見つめます。
感情に気がつけば、それを記憶します。
どういう時にどういう感情が働くのか、またそれは何処から来るのかを見つめて、記憶しておくのです。

その一つに夢の利用があります。
その日の夢で経験した感情が、今の感情として継続していることが少なくありません。夢の中で味わう感情に意識を向けると、今、心の奥で経験している感情と同じだと気づくことがあります。それは夢のシーンが象徴する過去の経験につながっていることもあります。

「こういう感情を今経験しているのだ。だから、今日はこういうことが起きたのだ。」

それに気がつくと、ふっと、心が軽くなります。自分の行動が理解でき、問題点も明確になるからだと思います。夢が伝えようとしていたものが理解できると、納得できます。

感情をしっかり見つめるだけで、感情に振り回されなくなるようです。また、将来同じことが起きそうになったときに、気がつけます。そして必要なら、同じことを繰り返さぬように修正してゆけます。

その感情が、過去の経験にルーツがあることに気がつくこともあります。その時初めて、過去の問題に向き合えばいいのです。これは過去と向き合っているようで、現在ただいまの自分と向き合っているのです。

もっと深いところから湧いてくる得体のしれない強い感情を経験することもあります。恐怖や怒りといったものには、そういうことがしばしばあります。

今までの人生で、そういう感情が起きる理由がないにもかかわらず、突如、なにか異常に強い感情が湧くとき、深層潜在意識に蓄えられている過去世の記憶を考慮するべきかもしれません。その感情を見つめて味わっていると、その元となった過去世の経験とおぼしきものがイメージで湧いてくることもあります。

この場合は、過去世の問題(いわゆるカルマといわれるもの)を、現在ただいま向き合うべきこととして経験している可能性があります。

特にカルマに関係するような感情は、往々にして恐怖を伴います。それと向き合うのが非常に怖いのです。
しかし、その恐怖を乗り越えて、自分自身に向き合った時、心に変化が生じます。

結局、今の感情や強烈な思いから目をそらさずに向き合うことによってのみ、私たちは変化してゆけるのです。

常に「今」に意識をむけ、自分の心に向き合っていく。
きっと成長につながる道が見えてくるはずです。

心理カウンセラー・種村修 (種村トランスパーソナル研究所所長)
メールアドレス tanemura1956@gmail.com


2017年1月30日月曜日

自分を好きですか?



人を嫌って悪口ばかり出てくるとき、自分を自分自身を嫌っていないかどうか、自分に問いかける必要があると思います。

私たちの他人への感情は、自分自身への感情を投影していることが少なくないと思います。

誰も信じられないと感じる時、本当は自分を信じれないのではないでしょうか。
誰もかれもが嫌いと思う時、本当は自分自身を嫌っているのではないでしょうか。

私のそんな考えとぴったりと一致する文章に、最近接しました。
イギリス生まれの作家バーネットの名作『秘密の花園』にある一節なのですが、少し長くなりますが、勉強になるので紹介します。

大きなお屋敷で召使さんをするマーサが、10歳のつむじ曲がりでわがままな女の子メアリとした会話です。
メアリは自分は誰にも好かれていないと信じ込んでいます。「わたしのこと好きな人なんかいないもの」その言葉を聞いて、マーサは考えます。

「あなたぁ、自分のことは好きなんかね?」とマーサはききました。
メアリはちょっとためらって、きかれたことを考えてみました。
「ぜんぜん好きじゃない――ほんとに」とメアリは答えました。「でも、そんなこと、今まで考えたこともなかったわ。」
マーサは、なにか家のことを思い出したように、ちょっと笑いました。
「おっ母さんがそれと同じことを、うちにいうたことがあるんよ。」マーサはいいました。
「おっ母さんが洗濯だらいで洗いものをしていたとき、うちはむしゃくしゃしていて、人の悪口をいうたことがあったの、そしたらおっ母さんが向き直っていうには、『なんて意地わるい娘だね、あんたは! そこに立って、この人きらい、あの人きらいとか、いいつづけて。いったい、あんたは自分のことは、好きなんかい?』それでうちは笑うてしもうて、それですぐに自分がおかしかったことに気がついたんよ。」

これは、人の心の機微に触れた非常に深い話だと思います。

私たちも「自分は誰にも好かれていない」という気持ちに陥ることがあります。
その時に「あなたぁ、自分のことは好きなんかね?」と、
自分に問いかけてはいかがでしょうか。
誰も自分を好いてくれていないという思いこみが、
自分自身を嫌っている心の反映に過ぎないことが見えてくると思います。
そうしたら、笑いましょう。
笑ったら、きっと気分が変わります。

種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
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